研究案内
周産期研究室
研究内容
周産期領域の臨床に役に立つ発見を世界に発信し、周産期医療の向上に寄与することを目指し主に下記の研究を行っています。
- 前期破水に対する新規治療法の開発
- iPS細胞を用いた絨毛細胞の分化機構の解明・胎盤機能再生療法の開発
- 妊娠高血圧症候群の病態解明および治療法の開発
- 妊娠中の子宮頸部の防御機構の解明
1. 前期破水に対する新規治療法の開発
前期破水は早産の大きなリスクファクターです。早産は出生児に合併症・後遺症を残し、医学的・社会的に大きな問題となっています。一方で、妊娠中期の感染を伴わない前期破水は、ごくまれに自然治癒することが臨床的経験されますが、そのメカニズムは全くわかっていません。当研究室では、羊膜を中心とした卵膜の再生機構、治癒のメカニズムを解明することを目的とし、特にマクロファージを中心とした自然免疫機構による創傷治癒に着目して研究を進めています(図1)。将来的には「破水の治療」という新しい観点から早産の治療方法を開発することを目指しています。
Fetal macrophages assist in the repair of ruptured amnion through the induction of epithelial-mesenchymal transition.
Kawamura Y, Mogami H, Yasuda E, Takakura M, Matsuzaka Y, Ueda Y, Inohaya A, Kawasaki K, Chigusa Y, Mandai M, Kondoh E.
Sci Signal. 2022 15(751):eabi5453, 2022.
Mini-review: Wound healing of amnion and macrophages. Mogami H.
J Obstet Gynaecol Res. 48:563-567, 2022.
Chronic abruption-oligohydramnios sequence (CAOS) revisited: possible implication of premature rupture of membranes.
Chigusa Y, Mogami H, Minamiguchi S, Kido A, Ishida A, Kurata Y, Yasuda E, Kawasaki K, Horie A, Yamaguchi K, Mandai M, Kondoh E.
J Matern Fetal Neonatal Med. 35:6894-6900, 2022.
Healing Mechanism of Ruptured Fetal Membrane.
Mogami H, Word RA.
Front Physiol. 11:623, 2020.
Maternal Glucocorticoids Make the Fetal Membrane Thinner: Involvement of Amniotic Macrophages.
Kiyokawa H, Mogami H, Ueda Y, Kawamura Y, Sato M, Chigusa Y, Mandai M, Kondoh E.
Endocrinology. 160:925-937, 2019.
2. iPS細胞を用いた絨毛細胞の分化機構の解明・胎盤機能再生療法の開発
京都大学iPS細胞研究所(髙島康弘准教授)との共同研究を行い、ヒトのナイーブ型iPS細胞から初めて、栄養外胚葉の作成に成功し、絨毛細胞の分化を確認することができました。このヒトiPS細胞由来絨毛幹細胞を用いて、胎盤の絨毛間腔における母体血流(シェアストレス)が、絨毛の分化に与える影響を研究しています。また、満期の胎盤から細胞性栄養膜細胞を採取し、その多能性を探っています。さらに、病的な(妊娠高血圧症候群や子宮内胎児発育不全)の胎盤から採取した細胞性栄養膜細胞と、正常胎盤から採取した細胞性栄養膜細胞の違いを明らかにし、病的胎盤における細胞性栄養膜細胞を若返らせることで病的胎盤の機能を補正する治療の開発を目指して挑戦的な研究に取り組んでいます(図2)。
Capturing human trophoblast development with naive pluripotent stem cells in vitro.
Io S, Kabata M, Iemura Y, Semi K, Morone N, Minagawa A, Wang B, Okamoto I, Nakamura T, Kojima Y, Iwatani C, Tsuchiya H, Kaswandy B, Kondoh E, Kaneko S, Woltjen K, Saitou M, Yamamoto T, Mandai M, Takashima Y.
Cell Stem Cell. 28:1023-1039.e13, 2021.
3. 妊娠高血圧症候群の病態解明および治療法の開発
妊娠高血圧症候群 (Hypertensive Disorders of Pregnancy; HDP)は妊娠中に高血圧、尿蛋白を生じる予後不良な妊娠合併症です。実際の臨床では、肺水腫、脳出血、常位胎盤早期剥離、HELLP症候群を併発し母体の生命を脅かすもの、また重度の胎児発育不全を伴い児の予後が不良なものなどHDPの表現型は多様であり、周産期医療では最も研究が必要とされる疾患です。
私たちは網羅的遺伝子解析によってHDPの胎盤で発現が亢進あるいは低下する遺伝子pathwayを同定し、その結果に基づき、Wnt5aシグナルや、sonic hedgehog pathwayの異常が妊娠初期の胎盤形成不全、HDPの病態形成および胎児発育不全に関与していることを示しました。ついで、早発型HDPの胎盤と正常妊娠の胎盤とを用いたメタボローム解析によって、HDPの胎盤における生物学的特徴を明らかにしたほか、HDPの治療に用いられる硫酸マグネシウムが絨毛細胞における抗酸化ストレス酵素の発現を亢進させることを示しました。これらの知見に基づき、早発型HDPの症例に硫酸マグネシウムを投与すると、尿中の酸化ストレスマーカーが低下することが判明しました。つまり、硫酸マグネシウムは胎盤における抗酸化作用を発揮してHDPの病態を緩和することが示唆されます。近年では、ヒトiPS細胞から絨毛様細胞を誘導し、それに血管内皮細胞、間葉系細胞を加えて共培養することで、試験管内で立体的な胎盤の原基(胎盤芽)を形成し、その胎盤芽を免疫不全マウスの子宮に生着させることに成功しました。現在はこうしたヒトiPS細胞を用いた新規手法によって、形成・機能不全に陥ったHDPの病的胎盤を補完・再生する新たな治療法開発を目指しています。
Three-dimensional human placenta-like bud synthesized from induced pluripotent stem cells.
Sato M, Inohaya A, Yasuda E, Mogami H, Chigusa Y, Kawasaki K, Kawamura Y, Ueda Y, Takai H, Mandai M, Kondoh E.
Sci Rep. 11:14167, 2021.
Metabolomic Profiles of Placenta in Preeclampsia.
Kawasaki K, Kondoh E, Chigusa Y, Kawamura Y, Mogami H, Takeda S, Horie A, Baba T, Matsumura N, Mandai M, Konishi I.
Hypertension. 73:671-679, 2019.
Placental sonic hedgehog pathway regulates foetal growth via insulin-like growth factor axis in preeclampsia.
Takai H, Kondoh E, Mogami H, Kawasaki K, Chigusa Y, Sato M, Kawamura Y, Murakami R, Matsumura N, Konishi I, Mandai M.
J Clin Endocrinol Metab. jc.2019-00335, 2019.
Impaired Wnt5a signaling in extravillous trophoblasts: Relevance to poor placentation in early gestation and subsequent preeclampsia.
Ujita M, Kondoh E, Chigusa Y, Mogami H, Kawasaki K, Kiyokawa H, Kawamura Y, Takai H, Sato M, Horie A, Baba T, Konishi I, Matsumura N, Mandai M.
Pregnancy Hypertens. 13:225-234, 2018.
Reliable pre-eclampsia pathways based on multiple independent microarray data sets.
Kawasaki K, Kondoh E, Chigusa Y, Ujita M, Murakami R, Mogami H, Brown JB, Okuno Y, Konishi I.
Mol Hum Reprod. 21:217-24, 2015.
4. 妊娠中の子宮頸部の防御機構の解明
早産の原因の約3割は、腟から細菌が上行することによる子宮内感染が原因です。しかし子宮頸部が上行性感染に対して、どのように防御しているのかは十分に解明されていません。私たちは、妊娠中の腟分泌物のプロテオーム解析を行い、ムチンタンパクMUC5B, MUC5ACが子宮頸部手術後(広汎子宮頸部摘出術、円錐切除術)では有意に減少しており、子宮頸部から分泌部されるこれらのムチンが細菌をトラップして妊娠子宮を防御していることを見出しました。 これらより妊娠すると子宮頸管内のMUC5Bが増加し、MUC5BはMUC5ACとともに上行性感染および早産の予防に寄与していると考えられます。
Cervical MUC5B and MUC5AC are barriers to ascending pathogens during pregnancy.
Ueda Y, Mogami H, Kawamura Y, Takakura M, Inohaya A, Yasuda E, Matsuzaka Y, Chigusa Y, Ito S, Mandai M, Kondoh E.
J Clin Endocrinol Metab. dgac545, 2022.